インバウンド観光が直面する課題(2)観光地の混雑問題

―万博の教訓を踏まえた持続可能な観光への転換―

コロナ禍を乗り越え、2025年には大阪・関西万博が開催された。この国際的なイベントを契機に訪日外国人観光客は急速に回復し、多くの観光地が活気を取り戻した。しかしその一方で、万博会場をはじめとする主要観光地では、開幕前から終了間際まで「混雑」が深刻な課題として残り続けた。これは単に来場者数の多さによるものではなく、流入管理や情報提供、地域との連携といった観光マネジメントの不足が浮き彫りになった結果である。

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現状の問題点

この状況は、世界遺産・白川郷のような地方観光地にも大きな示唆を与える。白川郷は雪深い山村に根ざした合掌造り集落として国内外から高い評価を受けてきた。特に冬季には幻想的な雪景色を求めて多数の観光客が訪れ、道路や駐車場、民家見学施設が過密状態となる。Googleマップのレビューからも、混雑による不満や景観体験の質の低下が繰り返し指摘されている。

この混雑にはいくつかの構造的要因がある。

  • 世界遺産としての高い観光価値が需要を集中させていること
  • SNSや旅行系動画による情報拡散で短期間に注目を集めやすいこと
  • 観光需要が冬季に極端に偏っていること
  • 名古屋や北陸地方からのアクセスの良さが日帰り観光を可能にしていること
  • 団体バスツアーによる大量流入が狭い集落内で滞留や混雑を悪化させていること

これまでの対応は、村内の看板やチラシによるマナー啓発や自治体による情報発信など、受動的なものにとどまっていた。しかし万博の経験が示すように、「来訪者数の増加を前提とした能動的・戦略的なマネジメント」がなければ混雑は避けられない。以下に改善の方向性を示す。

改善に向けた方向性

1. 流入管理の高度化

駐車場や合掌造り民家の見学は完全予約制を導入するべきである。これにより事前に来訪者数を把握し、適切な人員配置や動線設計が可能となる。さらにピーク期には駐車料金や入場料を引き上げ、平日やオフシーズンには割引を設けるなど、動的価格設定によって来訪時期の分散を促すことが有効である。

2. 情報発信の戦略的強化

白川村の自治体は観光地の魅力を伝えるだけでなく、来訪者に「守るべきこと」を事前に周知する役割を果たす必要がある。多言語対応の動画やSNSでの発信に加え、航空会社や旅行予約サイトとの連携により、訪日前から観光行動の質を高める仕組みを構築することが望ましい。

3. 団体観光への制度的対応

旅行会社に対しては、集合時間の厳守や撮影時の配慮、音量の抑制を契約上の義務として明記する必要がある。村内には多言語で記されたマナーや禁止事項の看板を増設し、入場チケットやパンフレットにもルールを明記することで来訪者への理解促進を図るべきである。

4. 地域一体のガバナンス体制

取り組みを単発で終わらせず、地域住民・観光事業者・行政が一体となったガバナンス体制を構築することが持続可能性の鍵となる。観光収益の一部を景観保全や住環境改善に還元し、住民が観光の恩恵を実感できる仕組みを整えることで、観光地としての長期的な魅力維持が可能となる。

まとめ

2025年万博は「混雑を前提とした観光」の限界を示した。今後は単に観光客を呼び込むのではなく、「誰に、いつ、どのように訪れてもらうか」をデザインする観光政策への転換が不可欠である。白川郷のような貴重な文化景観を次世代へ引き継ぐためにも、量から質へのパラダイムシフトが急務である。

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